青空を目指して2

どこまでも続く日々日常。ゲーム・音楽好きのおっさんの半生。日々日常とちょっとだけ思ったことの日記。

ギター

最近ちょっと弾く時間が減っている気がしているんだけど。前にも書いたかもしれないけど、接触する時間が短くなっていくと気にはなるんだけどなんか近づきがたくなっていく、って言う現象が起きてしまう。だんだんどう接したらいいかわかんなくなるような。人間関係でもありますよね。でもそれはたいてい勝手にいろんな事を想像しすぎて自分から敷居を上げまくっているだけで、相手はいつも通り変わらずそこにあるんですよね。当たってみればすぐに問題解消するんだよね。
と話が飛んだがチョコチョコ触っちゃいたんだけど、ガッツリ演奏したのは2週間ぶりぐらい。不安なんだよね。演奏する前は。いろいろ鈍っているのが。いやそれは完全に自分のせいなんですよ。自分が練習しなかったんだから。自分が招いた結果なんだから。でもそれを直視するのが怖いんですよね。体重計と一緒ですよね。
で実際弾いてみたらやっぱ楽しいんですよ。もう一度弾き出したら心配なんか飛んで無くなる。それどころかオッサン特有のやらない間の理屈の整理、理論の定着、技術の最適化が行われるのか、確実に進化してる。あれ?なんでこのフレーズこんなに楽々弾けるんだ?って感じ。
練習してきたことが少しずつ少しずつ身についてきている。練習している間は良くわかんないんだけどね。特に最近は昔はただ闇雲に並んでる譜面を追っかけていただけだったんだか、そこに流れを感じることができるようになってきた。これが超効く。意味が少しずつ出てくると次に来るものを予測でき初めて余裕になるんだよね。
あと最近やっと、一年かかったけど、左手をいちいちキッチリ目視しなくてもポジションチェンジができるようになりつつある。これもかなりの余裕を生み出す。
右手の弦選択もかなり進化している。どうしても苦手だった解放弦弾きや、弦飛びまくりの演奏とかがかなりできるようになってきた。あれです。どうしても感覚がつかめなかった空ピックが自然にできるようになってきた。これは思うに最初のころは右手と左手の分離ができてなかったからなんですよね。左手押さえる、右手ピッキングする、と言うものがワンセットで頭にインプットされていて結びついてるんですよ。だから左手の押弦がない解放弦ピッキングか難しい。左手が押さえっぱなしでピッキングをする空ピッキングが難しい、って事になっていたんだよね。それが右と左が分離して右はリズムを刻むだけ、左は音程を決めるだけとなってくると右は一定で振って、左でただ音程を追っかけていくとなって、そうなると解放弦も何も関係なくなってくるんですね。
こんな感じでいろんなところに余裕が出てきたから自然に行動は最適化され、今までいっぱいいっぱいだったフレーズに余裕が生まれてくるんですね。今まで譜面追っかけるだけでアップアップだったところに余裕が出てきてさらに難しい譜面に挑めるんですね。それが理解できるから楽しいんですね。

アコギはやっぱり家で演奏するのに少し抵抗があるね。音がどのぐらい外に抜けてるのかさっぱりわからないし。単音引きや、フィンガーピッキングならまだしもピックでのコード引きとか音が大きすぎてきつい。でもアコギ弾くと左手のコードづくりの勉強にはなるんだよね。ある程度綺麗に押さえないと綺麗に響かないしね。エレキでロックよろしくディストーションとかかけまくってひずませた音色だとそれなりに弾けてればまぁかっこ付くんだよ。精度は低い。ハンマリングやらプリングとかもしっかりやらないと音にならないし。基礎力アップにはいいよね。