青空を目指して2

どこまでも続く日々日常。ゲーム・音楽好きのおっさんの半生。日々日常とちょっとだけ思ったことの日記。

虐待とか

弱者を虐げることでしか自己の維持が出来ない幼稚で病的な人間が多いのはまぁ社会的な問題として根深いのだろう。そういう人間にころりと騙される人たちの甘さも社会的な構造の問題としてあるだろう。しかしこういう根深く巣食っている闇はなかなか派手さはなく、マスコミ的には誰かにレッテルを貼って弱者を作り出して虐げるような演出しか出来ない短絡的無能が多く、また見る人たちもそういう短絡的なものしか求めておらず、結局物事の本質は永遠に表に出てこない。今回もすぐにやれ警察が、学校が、施設が、と彼らに責任問題と言うレッテルを貼り付けさらし者にして喜ぶ。なぜ止められなかったか?って。
恐らくこんな問題は世の中五万とあるんだろう。日常茶飯事であまりにありふれた問題なのだろう。現場ではこんなことが津波のように襲い掛かってくる。そのなかから特に問題性の高そうなのをチョイスしなければいけないのだろうが、やる奴らは狡猾だ。うまくやる。そして時々アクセルを踏み抜くバカがいてこんな事故が起きてしまう。たぶん。世間では限界ギリギリまでアクセルを踏んでいるバカはゴロゴロいると思う。ただたまたま、運よく、アクセルを踏み抜いていないだけで。そんな突発的ないわば、事故、それを他者が止めることなど、現在の社会事情においては限りなく困難。ただこんな問題は社会的な複雑な幾重にも重なる仕組みの上に成り立っており、そうそう問題定義も出来ず結局目立つヒーローたちの責任としてレッテルを貼って安心する。本質から目をそらし続け、一緒になってヒーローを叩きスカッとする。なんとも病的だ。
このニュースを見ていて、テレビのバラエティー仕立ての報道にほとほと吐き気がする。社会問題から一切目をそらし、周りの子供たちのインタビューで悲劇的演出で煽り、ヒーローを叩く。なんだろう、この気持ち悪さ。ニュースバラエティーではスポーツ選手やお笑い芸人、アイドルがそれを真剣な顔して「痛ましい事件ですねー」って言い合っている。いやマジでなにそれ。
ほんとこういう人の不幸をねたに偉そうな顔してやってるバラエティーはほんとくだらない。こういうのこそ一番くだらなくて、無駄なバラエティーだ。お笑い芸人たちが滑稽なことやってみんなの笑顔を読んでいる番組のほうがよほど高尚で価値がある。最近「全力脱力タイムズ」が面白い。こういうくだらないニュースバラエティーを真っ向からおちょくっていて痛快だ。