青空を目指して2

どこまでも続く日々日常。ゲーム・音楽好きのおっさんの半生。日々日常とちょっとだけ思ったことの日記。

落ち着いたので今までの事を記す

5日の夕方連絡来る。親父は話し下手な人。しかしキーワードを聞くとかなり深刻な状況と直感でわかる。この時点で脳停止。防衛反応。夜オレ氏を誘ってのみ散らかす。感謝。
6日。朝は部屋掃除をして車で自宅に向かう。夕方病院につく。2年以上ぶりに会う病院のベッドの上のおかんはすごく小さく、老けて、弱って見えた。2年間も自分の都合で帰省していなかった自分が駄目に思えた。ただいろいろ話をしているうちに何となく昔の表情を思い出せた。おかんが喜び元気になるのがわかった。あと親父のピュアさに打ちのめされた。最愛の人間に突然と起こった悲劇に必死になっている姿を見、何か怪しげな健康食品に奇跡を求めてる親父に言葉を失う。夜は地元の親友と飲みに出るが食欲もわかず、飲んでも酔えない。けっkypくあさ4時ぐらいまで飲んだ。
7日。飲んで朝帰って眠剤飲んで寝ようとしたが結局寝れず。ただ自問自答の結果自分にできる事の整理、覚悟、現実を受け入れる事が少しできた。
朝親父から詳細な病状の説明を聞く。思った通り転移があり余命宣言をされている。想像してた事だがやはりその数字にはショックを受ける。親父が怪しげな食品に手を出した真意も聞けた。親父はそれが怪しいと理解した上で自分が起こす事ができる事ができる可能性のある奇跡に賭をしている。ネットで調べた限り効果があるかよくわからないものだがマイナスの意見も見受けられ無かったし、親父のその姿勢にそれ以上オレが何か言うのは無粋に思えた。だからオレはその行為を全面的に賛成する事にした。そこには最終的におかんを支えてこれからの暮らしを行うのは親父だからだ、と言う思いもあった。
昼に弟が飛行機で帰ってくるので迎えに行く事にした。ちょうど兄貴夫妻がこっちに来て自宅に寄ってくると言うのを聞いたので、親父におかんの状況を強大に説明するのは自分がやるとした。親父はそういうのが苦手とわかっていたし、もう一つ自分には思いがあったので。当然親父はそれを了承。ただちょっと行き違いがあり兄貴一家は直で病院に行ってしまったのだが。
自分の家庭はいろいろ特殊な家庭で、親戚関係はほぼ無し。兄弟もばらばら。オレと弟は仲が良くも悪くもなく普通。オレと兄貴は20年前ぐらいのいざこざでかなり疎遠。っていうかほとんど口も聞いていないような状況。昔はすごく仲が良かったんだがね…。
俺自身兄弟の中で一番出来が悪く、しかも好き勝手に生きてきた。一番実家に近づかず、地元や家みたいな物を極力捨てて生きて来た人間だった。オレからすればちゃんと結婚し孫を作った兄貴、結婚はできぬが実家で頑張った弟。それに比べてオレはわかいはころは金もなく、お袋に電話するときは金の無心。年に2−3日しか実家に顔を見せない。やっと金銭的な問題が無くなったと思えば実家には帰らない。ひどい物だ。
そんな状況でオレはいまやらなくてはと思った。ずっとばらばらだった兄弟3人がもう一度顔を合わせて話ができるチャンスだと思った。それを見せるのがおかんにはいい事だと思った。故に兄弟のとりまとめ役を自分が買って出た。残念ながら兄貴には説明ができず、弟を迎えに行ったあと弟には状況を説明。うなっていた。彼は成人後たぶん一番長い時間おかんたちと一緒にいた人間だしな。
弟と一緒に病院に直行。ここでちょっと想いとは違ったが数年ぶりに家族全員が顔をつきあわせると言う、ある意味奇跡が訪れた。実は3歳にもなる兄貴の息子にもこれが初対面だった。
自分で言うのもなんだが、おかんは3人兄弟の中でオレが一番のお気に入りである。証言もいろいろ聞いている。実際オレが家を出るまではおかんの相談役は常にオレだったし、本人が兄貴や弟の愚痴をいろいろ言ってたのも聞いている。
ちょっと機嫌の悪そうだったおかんもおれと弟、一家そろえばさすがにご満悦だ。ただオレは正直あせる。兄貴の電話番号とメルアドを聞いておき、兄貴に真相を話さないといけないと思っていたからだ。しかし兄貴夫妻は割と元気そうな母を見て安心したのか、仕事があるとさっさと帰宅。慌てて電話とメルアドを渡しておく。その辺は兄貴嫁がしっかりしていてくれて兄貴との中継ぎをしてくれて非常に助かった。
疲れ果てて家に帰ったが兄貴に電話で話を伝えないといけないと思うと寝れなかった。夜兄貴から電話があった話し始めた瞬間に何かが崩れた。何となく予感はあったが。泣き崩れてしまい充分に内容を伝えられなかったかも知れない。しかしいろんな想いが溢れ出し涙が止まらなかった。
ただその電話のおかげで兄貴には申し訳ないが(状況を中途半端に煽って伝えてしまった感があり)オレの中の張り詰めていた物がようやく溶けた。眠剤を飲み寝る事ができた。
8日。もう俺の心は定まっていた。現状を受け入れる事ができた。やるべきことが見えた。糖尿の時と同じだ。全てを受け入れる事で前に進む覚悟ができた。無かった食欲も回復し始めた。脳も動いている感じがする。朝病院に行き相変わらずの調子いいトークを繰り広げる。おかんのリクエストをいろいろ聞きいったん帰還。親父は暇潰しのゲームか本が欲しい、おかんは笑えるビデオと実家の墓の手入れを。まず本屋とゲーム屋に。今回持って帰っていたDSの適当なゲームを購入。本はいろいろ見ていたら、ガンに対抗する免疫力を高める食事集みたいな本と病気を前向きに受け入れつきあうと言う自分が助かったと同じ考え方のガン版の本を見つけ購入。たまたま見つけ買った二冊だったがあとで意外な結果を生む事に。
実家の寺に帰り墓の手入れを。糞暑いが今までこう言うのあんまりやってきてないしな。掃除をしてるときになんにんからかメール。お昼休みだしな。正直ありがたいです。助かります。
さらに兄貴から電話。昨晩あんまりきっちり伝えられなかった感があるので正確に状況を報告。今日はさすがに冷静だ。兄貴もさすがに慌ててるようだった。
寺での掃除も終えなんかおなかが減ってたのでこの前テレビで紹介されていた「山賊」と言う料理屋で肉を食らう。直前に痩せて帰るかも…とか言ったそばからこれだよ!死ねばいいのに、おれ。
でもおいしかったです。帰りにビデオレンタル屋で親父の会員カードでビデオ借りようとしたら本人じゃないと駄目なので会員カード作れ言われて作ることに。島根県で京都の住所のカードを作る羽目に。店員慌ててたわ。まぁそのカード全国チェーンで使えるらしいし、家の近くにもあるのでまあいいけど。
病院に帰ったらまたおかんがすねてるのでいろいろ話をして機嫌を直してもらう。ついでに雰囲気をがつっと盛り上げてくる。たぶんオレがやるべきことはこれなんだろう。自分は人と人の間に入り仲介をしたり、場を盛り上げていくのが得意スキルだと思うし。よく宗教家とかペテン師とか言われるがみんなが幸せになるなら何でもするさ。
そのときたまたま今回買った免疫力を高める料理、食品類という本の中に全く関係ないのに親父が奇跡を求めた健康食品の主成分がちゃんと紹介されていたのだ。なんとなく病室にいた親父、おかん、オレ、弟のテンションが上がった。偶然ってあるモンだな。特に親父はうれしがってた。術式説明も見せてもらった。開腹手術予定が腹腔鏡手術でOKになっていてこれはラッキーだなと思った。切除範囲が思いの外小さかったようだ。ただ転移はあるのだが。しかし切る料が少ないという事は体力の低下が少ないという事。今後抗がん剤治療という体力、気力勝負になるなかで少しでもプラス要因はうれしい物だ。おかんは「腹開けられないほどわるいんじゃぁああ」とかあほな事を抜かすからしっかり説明しておいた。オレの言う事なら信用してくれるので。ただ喜んだ親父が術式説明書を見せようとするのは丁重に止めた。別に嘘はついてないんだがよく見ろ。しっかり「転移箇所:肝臓」って書いてあるジャン!それは内緒だよ、パパ。
手術同意書にのみサインさせ術式説明書は見せない。まぁ転移箇所以外は別に嘘もなく何も問題はなかったんだがね。じぶん的には大腸の切除術、しかも腹腔鏡での術式なんて成功して当たり前のものなんでさらに現時点での不安は失せる。問題は今後どうするかのみだ。ただおかんにあした朝来て欲しい?と意地悪そうに聞いたら初めは別にー、とか言ってたが結局「きて」とか。なんかオレのペテン師っぷりは地獄に落ちるかもなとおもったり。あとおかんにはオレの決意として、オレも結婚するように頑張るから、おかんも絶対に俺の結婚式に出るんだぞ!と言っておいた。喜んでくれていた。…。痩せなきゃな、おれ。
帰ってまた親友と晩飯を食いに行く。新しくできたというイタ飯屋で。びっくりするほどいい店だった。いろいろ話をする。帰ってさらにワインを一本開け、この文を記す。明日は手術だというのにな。もしこれで何かあったらオレは地獄に落ちるだろうな。まぁ絶対もうまくいくと信じてる。そうでないとこんなペテンはできない。
しかし腹くくった瞬間に食欲復帰ってどんだけおれも駄目なんだろうな。さぁ、結婚なんてどうすりゃいいんだ。人生最大のペテンでもやらにゃだめなんだろうな。