青空を目指して2

どこまでも高く。

今年の抱負

青空を目指して。そういう思いを抱え若い頃からやってきた。そんな自分も今年で47歳。もう爺だ。
ふと気づいた。俺もう青空を飛んでいるのかもな、って。ずっと青空を自由に飛んでたのかもな、って。
でも青空って言うのは地上から空を見上げ、初めて認識できるもので青空の中にいるときは、それが青空なのかどうかは気づかないものなのかもなぁ、って急に思った。
今後もこの空を飛び続けたらいいけど、イカロスのように墜落してしまうかもしれないし、気がついたら大気圏突破して青空を見下げるかもしれない。でもまぁ今はしっかり前を見て飛んでいけたらいいなぁ。
そんな風に思う今日この頃。

なんか昨日寝つきが悪くて朝5:30がすこし辛い。一瞬起きまいか、って頭をよぎるけど五分で諦めて起きた。ジグが沸きに突き刺さっている。珍しく俺が起きても布団で伸びてた。しばらくして起きてきて「メシー」とうるさいが。
朝飯にわかめラーメンと残り物シチュー。炭水化物率高し。まぁでも彼女さんが心配してるのがわかったし。俺糖質抜き出すと結局極端で急激に血糖値を落としていく。それが目には悪いと命者の先生に怒られているからねぇ。ほどほどにしとかな。ってことで朝はすこし解禁。晩はご飯を豆腐に変更する。しかしやっぱ血糖値が上がらんと眠くならんと言う悪循環あるよな。あと便通もイマイチになる。糖質制限すると簡単に食物繊維量が減るからね。難しい。
朝通勤はもうさすがにあの遅延は堪えたので迂回路でまた行く。やっぱり早い。っていうか、これが普通なんだろう。最近ほんと交差点の右折マナーが酷くなってていたるところで、そこまでする?って人を見かける。平常心、平常心。
朝はコンビに寄る。やっと棚卸しがあらかた終ったようで商品が戻ってきた。しかし今回のローソンのポイント貯めるのしんどいなぁ・・・。

ちょっと今月は残業体制。と言っても完全に生活残業。自分的にも会社的にも。前と違って強制して来ないところはすこし進歩が見える。別にええけど好きにして、って。本音はそのぐらいやってね、って事なのはわかっとるが仕事は特に遅延なく、問題なく進めてるし体調は相変わらずイマイチだし、俺がそういうの強制されるのが嫌いなことはやっと理解してきたようだし。
はやくもっと働き方改革ってやつが推し進められんかね。俺的にはさっさとこの業界の仕事は全部出来高製になってくれてかまわんのだよ。まぁそうなると仕事できない人、上でえばっているだけのやつら、そういうやつらが軒並み仕事なくなるんだからな。今は責任の分散とかえらそーなこと言っているけど、分散じゃなくて自分らの責任を下に散らしてるだけのお仕事だからな。死ねばいいのに。
夜は軽く30分ほどギター。彼女さんにうるさがられる。まぁ選曲をオートでしてるからいきなり難易度の高い曲とか来ればボロボロだし、メタルなんかも容赦なく選択されるしな。まぁでもEスタンダードのメタルなんて古典的な大人しいものばかりなんだけどな。理解する気が無い人からすれば、うるさい曲で一まとめされちゃうからな。その気が無い人をその気にさせるのは難しいよ。
そのあとはぼーっとテレビ見たり。プロレスやってるのみつけてみる。新日の棚橋の試合。まぁ当然ブックはあるんだろうけど、あの技の勢い、ギリギリの当て方、長時間の試合見てるとガチだろうがなんだろうが感心するわ。よくあれだけ動ける。まぁでもそれでも最後まで逆転劇するだけの体力は温存してやってるわけだし、相手側も常に最後まで技を受けるときに派手に大げさに技を受けきる。たいしたショーマンシップだよ。さすがチャンピオン争いクラスの試合やる人たちはすごいなー、っておもったわ。テレビの録画編集でいいところだけつないでるにしても見ごたえがあった。それに比べてそのあとの別日のタッグマッチやってたがこっちは小規模な小屋で和気藹々とやっとるなぁ、この前のプロレスと似た感じ、って思ってしまった。棚橋も前の試合と打って変わってお気楽モードに見えたわ。まぁコレが俺の思うプロレスのイメージに近いな。
今朝早起きだったから眠くなるかと思ったらイマイチ眠くならず。思わず晩酌にビールとハムとチーズ。ジグに狙われまくるわ、彼女さんに「しね」言われるわ。もう散々ですわ。糖質抑えてるんだよ!たぶん。
寝ようと思うがどうも寝つきが悪い。途中からジグも布団に参戦。暑い・・・。なんか寝つきが悪かったがそのうち落ちる。

Not too Late

信号で停車することを忌み嫌う人たちが増えたなぁ、って思う。黄色で止まるとかもってのほか、って社会。
信号で止まることの何がいやなのか?って考えたけど結局ただ単に自分の行動が阻害されることが嫌なだけなんだろうと、と思う。
自分の行動が阻害されること、強制力に従う事、それが損、負けって思っているように見えて仕方が無い。
最近切れる高齢者がー、って良く言われるようになっているけど切れる高齢者ってこういうことなんじゃね?って思う。なんでも自分の思いに反する事象は全て悪であり、攻撃対象であるって。両者に垣間見る幼児性にうんざりする。世の中全て自分の思い通りに行くと行くと思っている幼稚さ。なんなんだろう。それが高齢者は外に対する攻撃性になり、若い人はその攻撃性が自分に向き鬱を向かえる。なんなんだろうな。世の中思い通りになる事なんて殆どありゃしないのに。そう思えば世の中生きるのはずっと楽になるのに。
まぁこういうの見て、軽く怒りを感じるのもまだまだなんだろうな。結局こういう人たちがいなくなる世界、って言うありえない事を求めての心理だろうし。変わる訳無いのにね。達観して「ああ、バカやってるなぁ」と見流せるようになるのが一番なんだろうね。自分が渋滞するのも全部自分の選択の結果。それを受け入れるしかないのにね。まだ他人のせいにしようとする自分が居るね。だめだな。
今日も渋滞の道を帰るんだろう。いつになったら無になれるんだろうね。でも無って何だ?死ぬことか?解脱か?感情の波が減ることは鬱ではないのか?俺の感情は死んでいるのか?いやそんなことも無いな。おっさんずラブ見て大笑いしたし、運動できない芸人見て腹抱えて笑ったし。なんだかんだいってプロレスの試合じっと見たし。こうやって社会に怒りをもっているし。彼女さんとジグは愛らしいし。ギターは浸れるし。USJは疲れるけどやっぱり楽しいし。昔のような圧倒的な心の動きは最近減っているけど、俺はまだしんじゃいないよな。まだ何も遅くないよな。

昨日は20時ぐらいに寝た。熱があってだるかったし。0時ぐらいに一回目が醒め、寝なおし。始終ジグと一緒に寝てた。布団取り合いながら。最終的に起きたときは4:00寒くて布団取替えしたらジグが体の上を這って出て行って目が覚めた。なんかここから寝るのももうしんどい感じなので起きる。熱は下がったようで気分は楽に。
出勤時、また今年に入って赤池一号の交差点を使うようになっていたんだが、いきなり渋滞食らう。余裕の量、だと思って並んだんだが、全く進まない。結局僅か10代程度の車が進むのに30分もかかる。ぐったりだよ。もう、考えなくてもいいことイッパイ考えてしまう。交差点での譲りアイではなく、俺だけは行ける!的な思想。そこから親父層への批判意見などマイナス名思考がどんどん沸いては消えてゆく。無責任に車を増やすだけ増やしてもインフラはなかなか改善されない現状。いったい多量の税金はどこへ消えてしまっているのだろう?考えるとやっぱり親父層批判にたどり着いてしまう。どうもね。ムリだ。
会社には結構遅く着く。普段より30分遅い。つまり渋滞の分遅い。結局迂回路を通るしかないのか。ぐるぐる巡る。
俺はせこくずるがしこく人の隙ばかりうかがうような心を持ちたくないんだ。堂々と王道を行きたいんだ何でこんな世の中になってしまったんだろうな。