青空を目指して2

どこまでも続く日々日常。ゲーム・音楽好きのおっさんの半生。日々日常とちょっとだけ思ったことの日記。

雑踏の空気を吸いに

最近の何時も通りのパターンで定時に仕事を終える。何時もならわき目も振らず駅まで歩きそのまま家まで。帰る途中で食材やお菓子ぐらいを買って帰る事もあるがその程度。家に帰ったらメシ作って風呂に入ってゲームしてビデオ見て寝るだけ。なんとも刺激のない生活だ。
ふと、何時もの帰り道の駅を越えて歩き出す。そこには京都一の繁華街四条河原町が。社会4−5年生までぐらいは家が近かったのと、自転車通勤と言う機動力を生かしてそれこそ毎日のように四条界隈のゲーセンや本屋や飯屋を練り歩いたものなのだが、家が伏見に変わってからは年に数度とか言うレベルになってしまっている。
一人で町並みをしっかり眺めながら歩く。変わっていない場所も多いが変わってしまった場所の方が多い気もする。当時繁栄の頂点を極めていたゲームセンターは無くなってる場所も多いし、多くはUFOキャッチャー&プリクラ専門店に様変わりしていた。そんな中でも昔から今まで変わっていないマニアの巣窟「Acho」に出向く。
うん、ここはやっぱり活気がある。10年前の格闘ゲーム全盛時代と同じ空気が漂っている。すでに格闘ゲームは前線を退いてしまってしまっているため、そのバトルに参加することはできないが対戦を眺めていると飽きずにずーっと見ていることが出来る。最近の若い層はゲームが下手になってる印象を受けているが、さすがに今だゲーセンでシビアに遊んでいるやつらは違う。今も昔も変わらずうまい。限られたプレイ環境内で極限を見出そうという姿勢に昔と変わらない感動を覚える。こういう前線で戦いたい、と言う気持ちになってくる。家でマッタリMMO〜って言うのはやっぱり俺の性分にはあっていないのかもしれない。しかしながらあまりに現役離れしてしまっているためになかなかコインを投入する事が出来るゲーム機が見つからない。結局テトリス3を数度やる程度に。別にうまいわけでもないけど自分的には満足いくプレイだった。
その後本屋などを眺めて歩く。昔はあれもこれも読みたかったが今はそんなことも感じなくなってきている。衰えたのか、飽和しきっているのか。いろいろな情報や作品を何の苦労もなく手中に収める事ができるようになり、その環境ですら新しいものを見出せなくなってきている飽食状態。すでに部屋の中で得られる仮想空間や頭でっかちの情報だけでは何も出来なくなってきている事を痛感する。
やはりこうやっていろんな刺激を体全体で受け止めていくのは幸せだ。3時間以上歩き回りつづけて足の痛みを感じ始めたが、それも心地よく思えてくる。生身の実感。雑踏の空気はそれを教えてくれる。