昨日の夜は夕方から出ていた熱にやられて割とばて気味。それでも寝る前にまた少しお祭りしてそのままダウン。ジグ閉じ込め。耳栓までして睡眠。そのくせ6時ぐらいにやっぱり目が覚める。っていうか朝陽が直撃する我が家は朝は部屋の気温がぐっと上がる。室外機も直射日光にさらされクーラーの効率も著しく低下。熱くなる。そこで布団を脱ぐ→ジグが飛び乗る。っていうのが一連のルーチンなわけです。それを防ぐためにジグを抑え込んでも結局目が覚める時間は変わらないっていう。まぁ4時台にそれやられるよりはいいけど…。さらに土曜ぐらいから便秘の栓が抜けて少しずつ少しずつ便が出始めているわけなんだけど、その影響か久々にトイレの夢を見る。昔だったらトイレの夢はとてつもなく汚いトイレしかない、って夢が大半だったけど、最近は実家のトイレが良く出てくる。実家で暮らしていたころは当たり前のように使っていたトイレだが、最近は何かの都合(多分水止めているんだろうな)で使用不可になっているんですね。なんかそれが自分的にちょっとショック的な印象として刻まれているのか、使いたいけど使えない物の象徴のように自分の夢の中で顕現しちゃうようになっちゃったわけです。今日も飛び込んだ実家のトイレには便器がなく、便器の位置には排水溝がぽつんと空いているのみ。そこめがけてウンコするわけです。躊躇しつつも。なんか毎回出てくるたびにネタは変わっていくんですが、そのうち中は何もなくなりそうです。
起きてトイレに入り、それなりに少し排泄して。もっと一気にどばーーーーっと出てほしい気がする。まぁどばーっと出るとまたその反動か、溜まるまで出なくなっちゃうんだけど…。トイレから戻ってきて寝なおそうかともしたんだけどなんか頭が覚醒しちゃった。ずっと頭の中で「色即是空、空即是色」ってループしてる…。なんか微妙な空腹感もある。でもあんまり食べたくもないような。もうなんかよくわかんねぇ。テレビの録画少し見て、YouTubeみて。この自粛期間中にすっかりYouTube見るようになったな。YouTubeは昔はたまに見る程度だったんだけど、最近はユーチューバーチャンネルが豊富になって見やすい。でもこれってよく考えたら昔自分がニコ動見ていた時と変わらないんだな。昔のニコ動は今のYouTubeのような仕組みで構成されていたなぁ、とふと思った。しかし途中からなんか課金崇拝、課金ユーザー同士のなれ合い重視が気持ち悪くなり全然見なくなったからな。なんか学生が群れて遊んでいるような雰囲気に耐えられなかった。今のYouTubeはわりとプロ感がしっかりあって、粗削りさは少しレベルが低くなっているけど、テレビより短い時間で濃い情報を得ることができて面白いね。テレビはとにかく少しの内容を薄ーく長ーくひたすら引き延ばし、なんとなく引きの強さだけで展開しているだけなので何にも残らんのだよね。選択肢の幅も狭いし。お笑い芸人バラエティは好きだけど、そういう番組においても最近の引き延ばし要素はかなり過激で、単純に見せたいことのみを見せてくる動画に比べてとてつもなく徐長なんだよね。最近のYouTubeはプロがしっかりとテレビとかで培った技術や思想を使って、テレビではやり肉内容を引き延ばしせずにやっている感じがすごく好感が持てる。まぁ逆にテレビでは尺の都合でできないようなねちっこい長い企画もできるしね。とにかく今のがんじがらめのテレビフォーマットに飽き飽きしていた人間にはとてもいいわけですね。
でもまぁ朝そんなに早く起きたわけでもないのですぐに時間が来る。今日は出勤。朝熱が37度超えていたら今日は休もうかと思っていたけど、36.9...。まぁいいか、と出勤する。なんだかやっぱり全盛期(数年前)に比べたら朝の一号線は平均的に車が減っている印象ではある。京都駅まで30分ぐらいでついちゃうし。全般的に楽なんだが、原付の暴走はやはり怖いね。相変わらずあいつら命知らずだわ。よくあれだけ車を信頼して動けるよな、って思う。知らないってことは強いね。車は意外なほど原付なんか見えていないのにね。
車の中でBoldAsLove聞いていたらなんか昔より音の聞き分け、分離が良くできているように感じた。なんでだろう。昔意識していなかった音に反応している。
気持ちよく会社前まで行ったのだが、京都駅周辺は昔と変わらず暑いシーズンになると臭いな。魚の腐ったような腐敗臭が相変わらず漂っている。マスクをしていても感じる悪臭。なんなんだろうね、これ。下水の何かが悪いんだろうな。なんか駅前いろいろ再開発しているけど、まずこういう根腐れをどうにかしろよ、って思う。表面だけちゃらちゃらやっているのが見え見えだ。ろくなもんじゃねぇ。
会社ではどうも胃がむかつく。腹が張る。意識レベル低い。軽く頭痛。熱っぽい。なんか調子悪いなぁ。かえろっかなぁ。